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ことばが文化、社会、時代を「伝える」

バリに共存する3型の話者

平野 今回は、言語文化研究科の若手の先生方に、どのようなマインドで研究に取り組んでおられるか、言語文化研究からどのようなものが見えてくるのかなどを紹介していただこうと思います。まずは原先生からお願いします。

 私の主な研究テーマは、バリ島で話されているバリ語とインドネシア語の「コード混在と社会言語学的動態の記述」です。インドネシアは、多くの民族が多くの言語を話しています。その中で、バリ島では母語としてのバリ語と、国語としてのインドネシア語があり、両者の言語がどのように使い分けられ、また混在しているかを解明するのが私の研究分野です。

平野 両言語は通じないのですか。たとえば、日本語とハングルくらい違うものですか。

 そうですね、そのくらい通じないですね。バリでは両言語を日常的に話しています。インドネシア語は幼いころからテレビの影響など日常的に接する機会も多くなっており、最近では都市部に住む若者の間で、バリ語よりもインドネシア語の方が使えるグループも出現しています。会話の中で両言語が混じり合っているのです。これをバリ語とインドネシア語のコード混在と呼びます。「コード」とは、社会言語学では言語や方言を指し、「コードの混在」は、複数言語や方言が混じり合って使われるという現象のことです。

平野 コードの混在は、普通に起こっているのですか。

 バリ語が主に使われる領域、インドネシア語が主に使われる領域はありますが、それを越えて、一つの会話の中で混ざることが頻繁にあります。また、バリ語は平地方言と山地方言に分かれています。バリ人の多数は、平地方言の人たちです。山地方言は話者数が少なく、もともとバリにいた人たちの方言だと考えられています。これを先ほど紹介したコードの混在の観点から見ると、まず、バリ語を主に話しインドネシア語が混じる大多数の話者がいます。次にインドネシア語を日常よく使う都市部の若者世代。3タイプ目が山地方言の話者。彼らは平地方言とインドネシア語からの干渉を受けることになります。これら3タイプの話者の会話を収集し、詳細に記述し、それをもとにコード混在の分布や機能がどのように違うのか、比較する研究を行っています。

 

敬語のない言語が持つ役割

平野 研究からどのようなことがわかりますか。

 まず、コード混在の機能について、いくつか仮説を提案しています。その一つとして、敬語機能についてお話しします。バリ島はヒンドゥー社会で、バリ語には敬語体系があり、カーストに基づき自分と相手の身分を比べて、敬語を使うレベルを決めます。一方、インドネシア語には敬語体系がありません。今バリは、インドネシア共和国という近代社会、新しい社会状況に適応しつつあります。会社での役職など、カースト以外にも身分を決定する要素が出てきたり、異なる階層同士で対等に商取引することも増えてきました。その中で、互いに敬意を示し合う、あるいはぞんざいに話し合うような、敬語使用の変化が現れています。

平野 敬語を使用する背景が複雑化してきたのですね。

 そうです。貴族と平民層が互いに敬い合うような場合、そもそも敬語表現を使っていた平民層は、変化はありませんが、貴族層は平民層に敬語を使うことになり、ちょっと変化が行き過ぎていると感じているのではと推測できます。そこで、インドネシア語がつかわれるのではないでしょうか。敬語がない言語を使うことで、その行き過ぎを引き戻すことになるからです。このように見ると、インドネシア語のコード混在は、敬語のような機能も果たしていると考えられます。

平野 確かに、日本人の間でも、敬語を使わずに、意図的に英語を使うことがありますね。日本語では敬語を使わないといけない相手に対しても、英語なら親しみを込めて名前を呼び捨てにできるからです。村上先生も、そのような印象をお持ちでは?

 

バリ語と日本語の共通点

村上 ええ。世代によってインドネシア語に対する感じ方も違うのでしょうね。バリ語の敬語の代わりにインドネシア語をという切り替えは納得です。若者で進んでいるのですか。

 若者は、敬語がうまく話せないですね。敬語は大人になってから習得するものですから。今後、若者が大人になっても、バリ語を話さなくなる可能性がありますね。

平野 「バリ語を使うが、敬語は使わない」ではなく、インドネシア語を使うのですか。

 特定の場合には、その選択肢もあるでしょうね。例えば、ヒンドゥー教の最高司祭には敬語を使わないといけません。でも若者は、うまく敬語が使えない。彼らもそういう相手にぞんざいなことばを使うのは抵抗があるので、「インドネシア語を使おう。その方が失礼に当たらない」と考えると思います。

村上 日本語の敬語の関係と似た面がありますね。東北地方のことばは、もともと敬語の体系がなかったり、シンプルでした。近代になって敬語を用いるべき場面になったとき、標準語の敬語体系を取り入れたらしいですね。

 なるほど。日本の方言の変化も確かにインドネシア語とバリ語の関係に似ていますね。

平野 「伝える」ためには、相手の多様性を認め合う寛大さや思考の柔軟さが大切ですね。大学も、学問を介して人々が互いを尊重し合い、知の融合と創造に取り組む責任を担っているといえますね。では、次に村上先生の研究をご紹介ください。

ことばと文化へアプローチ

村上 私の研究には、3つの方向があります。まず近現代の日本文学研究。次が大阪・関西についてのことばと文化の研究で、もう一つが翻訳です。3つの分野を切り替えながら活動を行っていますが、3者は連動しているともいえます。教育に関しては、共通教育の英語を主に担当し、英語と翻訳、英語と大阪文化などを学生に教えています。

大阪出身の人が話すことばであっても、大阪弁の伝統的な要素は今やずいぶん廃れています。しかし、標準語的な要素が多くても、イントネーションなど大阪的な部分が多々あります。また、会話を楽しむことを念頭に置いて、本題に入る前に余分なことを話す、冗談を言うなど、ことばの使い方にも特徴があり、この辺りはアメリカ英語に似ているように思います。東京と大阪を比べると、イギリスとアメリカの違いがあるのではと感じます。

平野 確かに、アメリカ人もジョークが好きですからね。

村上 私の授業の中でも、大阪出身の学生は、英語が下手でも自分の意見を主張し、相手を気遣い、場をオモろくするのが得意です。その光景を見ると、国際コミュニケーションができるかどうかは文法や発音だけの問題ではない、という気がします。

 その言語が苦手であっても、まずその場を和ませるように努力するのは、大阪人らしいですね。

村上 見ていて面白いですよ。さて、翻訳に関しては、大学院での「翻訳の理論と実践」という講義で文学以外の文章を学生に紹介し、さまざまなタイプの文章を英訳、和訳させています。講義以外でも、いろいろな翻訳に取り組んでいます。大阪に関係のある短編や、エッセイ、漫画なども翻訳しています。大阪出身の作家では上司小剣、宇野浩二、梶井基次郎、織田作之助などの作品があります。留学生に英語で日本文学を教えるクラスでは、谷崎潤一郎も扱っています。『吉野葛』や『細雪』『卍』など、関西を舞台にした作品を学生と一緒に読みます。また、村上春樹について考察することもあります。彼が関西出身であることは作品に関係があるのか、関西出身であることを語らないことは意味があるのか、などについて考えています。

大阪らしさ関西らしさ

平野 村上春樹の作品の中に、関西らしさって見つかるものなんですか。

村上 村上春樹のユーモアは、いわゆる関西らしいユーモアとは異なり、デリケートでブラックです。ただ、村上作品には話の筋とは関係なく食べ物が出てきます。パスタを茹でた、サラダを食べただのと、事細かに説明するんです。このような描写が関西的なのか、議論の余地があるところです。最近では、中場利一の『岸和田のカオルちゃん』を一部英訳し、学生たちに読ませました。この作家の有名な作品は、映画にもなった『岸和田少年愚連隊』です。これらは文学作品といっても、娯楽小説でしょうね。庶民的な一面も大阪らしさだと思います。

平野 「大阪的」なものとはどういうことなんでしょうね。何に根ざしているのでしょう。

村上 文学、テレビドラマ、漫才などが影響して、日本人の頭の中に大阪人のイメージが固定しているようですが、授業の場ではそれについて議論させています。すでにある期間、大阪に滞在している留学生に、「大阪のステレオタイプといえば、どんなイメージですか」「実際に触れた大阪人とステレオタイプの違いはありましたか」などについて考えさせたりしています。

平野 なるほど。「大阪人」というステレオタイプですか。

村上 作品の中には、意図的に大阪のステレオタイプを壊そうとするものもあります。織田作之助は『木の都』という作品の中で、上町台地あたりの緑豊かな寺町を取り上げ、「大阪は緑が少ないと言われているが、私の子供時代は緑の思い出がある」と語ります。タイトルも『木の都』と付け、大阪のイメージを変えようとしています。逆に、漫画作品の郷田マモラの『一本の缶コーヒー』は、意図的に大阪のステレオタイプを前面に打ち出し、ユーモアを表現しています。標準語を話す若い営業社員が、東京本社から大阪支社に転勤し、契約を取るため大阪に馴染もうとする。大阪弁も学習するが、がんばっても空回りして、半年経っても営業成績が伸びない。しかし、もう一人、東京から営業に来た同僚は好業績を上げている。その男は太った、オモロイ顔であるという、それだけで顧客に受け、取引がうまくいっているという、実にステレオタイプな話です。

 私も大阪出身ではないので、私の中にも「大阪人」というステレオタイプができあがっているかもしれません。

 

大阪人のアイデンティティ

平野 関西人は、関西弁をどこに行っても話しますよね。でも東北の人たちなど、そうではありません。何か意味があるでしょうかね。私も、どこに行っても関西弁をしゃべっていますね。歴史的な要因などあるんでしょうか。

村上 一つの答えはないですが、大阪人のアイデンティティに関連があるのだと思います。日本人は、場面によって話すことばを切り替えることが多々あるようですが、大阪人は、大阪弁を自分のことばと意識していて、「どこへ行っても、自分のことばでしゃべるのが当たり前や」と感じているのかなと思います。また、東北弁などと違って敬語体系があるので、標準語を借用する必要がないと思っている面もあります。実際に大阪弁は通じます。特に戦後、テレビや漫才などの影響で、全国的な認知度も高いですから。

フィールドワークの喜び

平野 お二人はどんなときに、研究がおもしろいと感じますか。

 フィールドワークでバリに行きますが、フィールドに行く前は、いろいろ考えてしまって緊張して憂鬱になるんです。ところが実際、フィールドに立って会話を収録し、データが蓄積していろいろ分かってくると本当に楽しくなります。バリ島の人々のことばの考察が、さまざまな多言語社会についての社会言語学的な研究につながればうれしいです。

平野 どのくらいの期間、滞在するのですか。

 だいたい2〜3週間ですね。年に数回は行くようにしています。

平野 村上先生はいかがですか。

村上 私のフィールドは大阪そのものですが、自分が訳した作品に出てくる場所に行ってみると、「同じ大阪の町がそこにある」と思い、うれしくなります。例えば今、道頓堀に行くと、川の上にグリコのネオンが見える。私の訳した上司小剣の「鱧の皮」の中には1914年、大正時代の道頓堀の川面に映る灯りの様子が描かれています。建物も人も変わっていますが、同じような姿があると感じます。

平野 時代を超えて、同じようなものが「大阪」に見えているのですね

村上 そうですね。あるいは、中場利一の「岸和田少年愚連隊」の舞台、岸和田に行った時には、その小説に登場するような「伝統的な不良」の姿を見て感動しました。卒業式の日だったので、みんな特別な制服を着ていました。中場利一は昭和40年代を舞台に小説を書いていますが、当時の伝統が今でも受け継がれているのです。

 

留学生を通じた発信にも

平野 なるほど、お二人ともフィールドワークの中から面白さを発見しているのですね。では、お二人の研究は、国際的にはどのような位置づけができるのでしょうか。原先生の研究内容は、世界の多言語を話す地域での根本原則につながる研究になっているのでしょうね。

 確かに、インドネシアは多言語社会ですから、他地域のバイリンガルの研究につながる研究といえるかも知れません。頑張って海外に研究成果を発表するようにします(笑)。

村上 言語教育には、間接的ですが留学生を通して発信するという面があると思います。「日本=東京」と思われがちですが、留学生が自国に帰って日本についてのイメージを広げ、変えてくれたらと思っています。また、翻訳作品の出版を通じ、大阪のアピールができると思います。読者に読んでもらうことで、大阪のイメージが広がって、大阪には多様性や文化を受け入れる寛大さもあるということが理解してもらえればいいですね。

平野 本日は、興味深い話を伺うことができました。言語文化研究の分野からの国際戦略を考える機会ともなりました。いずれも今後の広がりが楽しみな研究ですね。ありがとうございました。お二人のますますのご活躍を期待しています。

 

多様性のある人が混じり合える─平野総長 対話をおえて

理科系出身の私も、今日はことばや文化をめぐって興味深いお話を聞かせていただきました。原先生は広く多言語社会の考察、分析につながる取り組みを進めておられ、その研究内容を英語、さらにインドネシア語の発表を通じて、海外にも発信していらっしゃいます。また村上先生は、言語教育や翻訳活動を通じて日本文化の多様性、特にステレオタイプだけではなく、他の文化も受け入れる大阪の寛大さを国際的にアピールされています。ひるがえって大学ということを考えると、大学は人類共通の言語である「学問」を展開している場所。私は学問を介すれば、バックグラウンドの異なる人々が共通に話し合え、多様性のある人が混じり合えると信じています。

大阪大学も総合大学のよさを生かしてさまざまな学問分野の共存、融合に取り組んでいきたいと思います。

●原 真由子(はら まゆこ)

04年東京外国語大学地域文化研究科単位取得満期退学。05年大阪外国語大学講師。07年大阪大学世界言語研究センター講師。08年博士(学術)(東京外国語大学)。10年から大阪大学世界言語研究センター准教授。13年に大阪大学総長顕彰受賞。バリ語とインドネシア語のコード混在コーパス構築と社会言語学的動態の記述の研究を進める。

●村上 スミス アンドリュー(むらかみ すみす あんどりゅー)

1989年クレアモント マッケンナー大学卒業 97年プリンストン大学大学院東洋学研究科修了。博士(東洋学)(プリンストン大学)。日本の法律事務所・特許事務所などで翻訳業務についたのち、00年大阪大学言語文化部講師。04年言語文化部助教授。05年言語文化研究科助教授。07年から言語文化研究科准教授。13年 上司小剣「鱧の皮」の英訳でシカゴ大学主催のWilliam F. Sibley記念翻訳賞受賞。近現代の日本文学研究、大阪の言葉研究、翻訳などを通じ、留学生にむけて「大阪」に焦点を当てた講義なども実施している。

●平野俊夫(ひらの としお)

1947年大阪府生まれ。72年大阪大学医学部卒業。73〜76年アメリカNIH留学。80年熊本大学助教授、84年大阪大学助教授。89年同教授。2004年同大学院生命機能研究科長。08年同大学院医学系研究科長・医学部長。11年8月、第17代大阪大学総長に就任。05〜06年日本免疫学会会長。日本学術会議会員、総合科学技術会議議員。医学博士。サンド免疫学賞、大阪科学賞、持田記念学術賞、日本医師会医学賞、藤原賞、クラフォード賞、日本国際賞などを受賞。紫綬褒章受章。

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