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創薬基盤科学研究で「総力結集」

心の病気の治療薬を目指す

平野 創薬は私自身の研究分野にも近く、今日の対話を楽しみにしていました。まず創薬に関する皆さんの研究の概要や成果についてきかせてください。

橋本 私は薬学の立場から「心の病気のメカニズムを解明し、治療法や予防法を開発する研究」に取り組んでいます。鬱病・不安神経症・統合失調症などの心の病気は、日本でも深刻な社会問題になっており、現在より優れた診断法や薬の開発を目指した活発な研究が行われています。しかし遺伝的な要因とストレスなどの環境的な要因が相互作用して発症するという仕組みは想定されていますが、その具体的メカニズムについてはほとんどわかっていません。

人の脳の内部を分子レベルで詳しく調べることが難しいため、私たちは今、動物を使った研究を進めています。その結果、たとえば脳に比較的多く発現する、ある受容体の遺伝子を変異させたマウスを作ると、そのマウスは非常に多動となるなど、異常な行動をすることがわかってきました。このマウスの行動異常は、人の統合失調症や急性期の躁症状の患者などに使用される抗精神病薬で治すことができるため、このような動物が人の心の病気のメカニズムを研究するモデルになるのではないかと考えています。

平野 モデル動物からどのようなことが分かりますか。

橋本 私たちは、モデル動物が人のように環境の影響を受けるかどうかについても実験を行い、幼若期のモデルマウスを豊かな環境で飼育すると、異常行動が回復し正常化することがわかりました。逆に1匹だけを隔離飼育するなどストレスフルな環境に置くと、モデルマウスは攻撃性を現してきます。脳の発達期に豊かな環境に置くかストレスフルな環境に置くかで、行動異常などが新たに現れたり改善したりするのです。この時に起きている脳内のメカニズムを再現することが出来れば、人の行動異常が治療できる創薬の可能性も考えられます。

平野 どのような方法でモデル動物などの脳内変化を調べているのですか。

橋本 脳には多くの領域があって、正常な脳との比較は非常に難しいのですが、私たちは最近注目されている短いRNAなどの脳内変化を詳しく解析しています。しかし三次元の解剖学的な計測には、テラバイト級の情報量の画像処理技術が必要で、工学部と連携して取り組んでいます。

「音」利用して新薬開発に貢献

 工学系の立場から、創薬に貢献する装置開発を目指しています。もともと「音」が好きで、音そのものの研究や、音を使った材料科学のための独自の計測法を研究しており、現在は「音を使った超高感度バイオセンサー」を研究しています。血液検査などでガンや認知症の診断には特殊なタンパク質を検出する必要がありますが、感度などが不十分なため早期発見が困難です。発症の初期に正確な検査結果を示す装置があれば、予防医学が大きく進歩し、医療費削減にも貢献できます。

平野 音の研究が創薬もつながるのですね。具体的には?

 私は、血液中の微量なタンパク質を迅速に高感度で検出する振動型センサーの開発を行っています。微小なシリコンに微細な流路を作成して、そこに特殊な水晶チップを封じ込め、外部から電磁波を当てることで、接触せずに、そのチップを振動させます。そして検査溶液を流路に満たすと、標的のタンパク質がチップに吸着し、チップの音色が変化します。この音色から、どのようなタンパク質がどれだけ溶液に含まれていたかを計測します。私たちはこのバイオセンサーを、その構造から「ラムネQ /Resonant Acoustic Microbalance with Naked Embedded Quartz(RAMNE-Q)=裸の埋め込み水晶を用いた共振マイクロ天秤」と呼んでいます。清涼飲料の「ラムネ」に類似した構造からこう命名しました。これは振動型のバイオセンサーとしては世界最高感度のバイオセンサーであり、また水晶チップの表面を洗浄することで半永久的に使用できます。タンパク質の高感度検出は診断装置としても応用できますし、またタンパク質間の吸着能力が正確に測定できるため、新薬開発にも大きく貢献できると思います。

平野 音の研究がなぜバイオセンサーに応用できると考えられたのですか。

 私はもともと新幹線の車軸の非破壊検査など、電磁波を使って、非接触で音を物質の中に鳴り響かせ、その物質の性質を調べるという研究をしてきました。最初は比較的大きな構造物を対象としていましたが、検査対象がどんどん小さく薄くなったため、食品用ラップフィルム(毛髪の直径の10分の1)より薄い振動体を鳴り響かせる非接触技術を開発しました。「これを何に使えるだろう?」と調べていて、バイオセンサーという装置を知りました。実際に実験してみると非常にうまくいったため、改良と研究を重ねてきました。このバイオセンサーをさらに高感度にするには、ナノレベルの構造体(ベル)を作って鳴り響かせる必要があります。私はこのような「微細なベル」をレーザーで鳴り響かせてレーザーでその音色を聞き取る技術も開発しました。これは、理論的には現状の100万倍の感度を実現する超高感度の「究極のバイオセンサー」と言えます。

リポソーム用いて心筋梗塞薬

南野 循環器内科医として患者さんの治療を行いつつ、「心不全や急性心筋梗塞の治療法の開発」を目指して、研究に取り組んでいます。私たちも遺伝子を改変した動物を使って心不全を作り、どのような遺伝子が発現しているのかを検討し、病気の原因遺伝子を同定しようとしています。同時に、お薬の効果や予後などの臨床指標がわかっている貴重な患者試料を使わせていただき、創薬ターゲットを絞っていくこともあります。

平野 実際に創薬から臨床を経て、使用できる薬になるまでにはかなりの時間を要すると聞きます。

南野 一般的に基礎研究から創薬へ至るには10〜15年もの時間がかかります。私たちは病気の原因遺伝子を見つけるだけでなく、大学での基礎研究成果を少しでも早く臨床の場に還元できるよう、産官学連携で「薬物送達システムを用いた創薬研究」を進めています。その一つは、心不全に対する薬物送達技術の開発です。心不全マウスを調べてみると、HBEGF(膜結合型ヘパリン結合性EGF様増殖因子)の発現が心臓で増加しており、この増加はヒト不全心臓の試料でも確認できました。さらに、HBEGF分子に対する抗体で修飾したナノリポソーム(脂質二重膜から成る微粒子で、核酸・薬物を包含することが出来る)が、HBEGFと結合後、効率よく細胞内に入っていくことがわかり、不全心臓への核酸製剤・薬剤送達システムとして開発を進めています。

もう一つは、心筋梗塞に対する薬物送達技術の開発です。心筋梗塞は、心臓を栄養する冠動脈が閉塞して心筋が壊死におちいる病気です。私たちは、心臓を保護する薬剤を封入したナノリポソームを投与すると、心筋梗塞部位に特異的に集積し、心臓保護効果が増強されることを見いだしました。大阪大学医学部附属病院の薬剤部には、GMP(Good Manufacturing Practice)対応のリポソーム製造装置が設置されました。今後、非臨床試験でリポソーム製剤の安全性を十分に確認できれば、ファーストインヒューマン試験(世界で初めて人に物質を投与する試験)を開始予定です。ナノテクノロジーを用いた新たな心筋梗塞治療法の開発が期待できます。

困難の下、領域超えた連携を

平野 未来戦略機構の研究推進部門に創薬基盤科学研究部門を設置しました。現実の創薬に至るには、死の谷(基礎研究が事業化できず無駄になってしまうこと)と言われるような困難も多くありますね。

橋本 生物学的な仕組みの解明はスタートラインで、次に人における病気の場所を見つけて、そこを改善して治療できるかどうかに進みます。関門が次々あり、非常に難しい領域です。一歩一歩、科学の力で攻めるにしても、創薬は一つの研究室や研究科ではなく、大学をあげてのレベルで取り組まないと実現しません。科学技術が成熟し、大阪大学で自分たちの壁や領域の枠組みを取り払い連携が実現していく時期が来たのかな、と感じています。

 夢を持って、自分たちが作る技術がどこまで進化するのかを楽しむ視点で研究を続けています。私の研究は、創薬や生命科学の研究者に研究効率を上げていただくための装置開発ですが、そのような工学系の研究においても異分野の融合が無ければ困難です。バイオセンサーは、生物学・化学・工学などの知識が融合されないと決して良いものが開発できません。全学をあげて創薬に対するプロジェクトが起ち上がったことを嬉しく思っています。

南野 ターゲット同定から実際の創薬にいたるまで長い時間がかかり、その部分では業績も出にくい状況のなかで、実際の医療に応用していくプロセスの大切さを広く共有していただきたいです。平野総長を含めて全学で応援していただける状況は、私たちが創薬に取り組む大きなモチベーションになると思います。

知的好奇心と社会的使命感

平野 何か新たなことを発見した喜び、知的好奇心は、研究者の大きなドライビングフォース(牽引する力)だと思います。もう一つは、例えば薬を作らないといけない、病気を治さないといけないといったような社会的使命感。人によってどちらがより強いかは異なるにしても、社会的使命感から研究に入った人でも、やっていると知的好奇心の世界に誘われていきます。知的好奇心から入った人も、これは何かの役に立つと思った時点で社会的使命感が芽生えてきます。特に面白く感じたこと、研究をしていて感じる使命感などを聞かせてください。

橋本 私が研究者をやめられない理由は、一生の間に何度か、大きな発見というほどではなくても、何か良い結果を出せる時があったからだと思います。何年もかけた取り組みが成功すると研究に病みつきになり、また次を目指してしまいます。でもこれからは自分だけが満足するのでなく、心の病で苦しんでおられる人や社会に貢献するという視点での喜びも得たいと思っています。

 常に楽しく研究を続けていますが、特に二つの嬉しい瞬間があります。一つは、思いもよらないところで発見があった時。もう一つは、これをこうすると絶対にこうなるだろうとワクワクしながら実験をして、その通りになったり、それ以上の成果が出た時です。実際は思い通りにいかない事のほうが多いのですが(笑)。

南野 私の場合は、すこし大げさに聞こえますが、社会的使命感から研究を始めました。現在も阪大病院で直接患者さんと接していますが、懸命に治療をしても治らない患者さんも沢山おられ、創薬に対する切実な医療ニーズを実感しています。研究に関しては、私も仮説を立てて検証していくプロセスそのものが非常に楽しいですが、医療ニーズを考えつつ研究を開始することが多いです。また自身の研究分野から創薬の過程に関わるようになると、いろいろな異分野の人とチームを組んで一つの目的に向かって進んでいく楽しさを感じています。

基礎研究を臨床で生かす体制

平野 今直面している困難、あるいはブレイクスルーしたいものは何ですか。

橋本 私の研究領域、特に中枢神経系の領域の薬は、なかなか新しく良いものが開発されない状況が続いていて、非常に苦悩しています。何か大きなパラダイムシフトが必要なのでしょうが、創薬基盤科学研究部門の研究を中心に、産官学のさまざまな領域の連携で何とか切り拓いていきたいと思っています。

 私たちが開発したチップが半永久的に使えることは、ユーザーにとっては便利ですし、良いことのはずです。しかしそれを製造する企業にとっては、チップが次々に売れないということでビジネス上の問題が生じます。売れないと普及しないのか、あるいは売れなくても重要なものは普及させるべきなのか。この場合、誰が出資するのか。創薬にはこういったビジネス上の問題や課題が多いと思います。産官学の連携が特に重要な分野だと思います。

南野 創薬開発のプロセスとして、早期の探索的な臨床試験、後期の検証的な大規模臨床試験が必要ですが、日本ではいずれの実施体制も不十分で、構築の途中です。現在、医学系研究科では、官学連携で早期探索的臨床試験拠点事業(厚生労働省)が進んでいます。また、後期臨床試験についても、阪大病院未来医療開発部を中心に、基礎研究の成果を臨床の場で生かせるような体制づくりを進めているところです。

平野 大学には多様なシーズが数多くありますが、それが出口である創薬に至るまでの橋渡しが日本ではうまくいっておらず、大学と企業の間にギャップがあるような気がします。

南野 企業は、“臨床への出口”を意識した基礎研究の成果とともに、オリジナリティの高い、生命現象の根本にアクセスするような基礎研究にも強い関心を持っていると感じます。これからは、基礎研究者であっても、病気に関わる分子を同定したところで研究が終わるのでなく、どのように橋渡しするのかも考えつつ研究する姿勢が求められると思います。

異分野連携でさまざまな成果

平野 産官学が連携した具体的な動きがあれば教えてください。

橋本 薬学研究科では、核酸医薬品の開発事業など多くの活動を行っています。(独)医薬品医療機器総合機構や(独)医薬基盤研究所などとの人的交流も行いながら、大学における研究を産官とともに実用化して行きたいと考えています。また、医学部・薬学部と在阪の製薬会社でコンソーシアムを作り、私自身も長く関わっています。

 装置開発に関しては、初期段階でメーカーとの共同開発を行いましたが、異分野融合が重要な分野だけに、単一企業ではどうしても出来ない部分があり、今はむしろ距離を置き、独自に異分野連携を行い研究開発を進めています。一方、ラムネ型バイオセンサーの新たなアプリケーションとして、大阪大学の蛋白質研究所や熊本大学の発生医学研究所などと連携して、特定のペプチドの脳の神経細胞への毒性を評価する装置の開発などにも取り組んでいます。

南野 一昨年から、大阪大学産業科学研究所の方を仲間に迎えて、リポソーム作製や抗体架橋技術などの工学系分野の研究が迅速に進むようになりました。グループ内での異分野連携です。HBEGF抗体を用いた創薬基盤技術の開発は企業と共同研究を進めています。また、エリスロポエチン(貧血の改善薬)が心筋梗塞後の心臓の働きを良くするという基礎研究成果が得られました。その成果を臨床現場に還元するため、学会、厚生労働省、製薬会社、未来開発医療部の支援を受けながら、阪大病院が中心となってトランスレーショナルリサーチを実践しており、日本発のエビデンスで世界の標準療法を創り出すことを目指しています。

大学ならではの基礎研究を

平野 創薬などの出口をめざした研究体制は重要ですが、その一方で基礎研究が非常に大事だと思っています。基礎研究というのは大学でしかできません。本質的でオリジナリティの高い研究は、企業の発想ではできないと思います。知的好奇心で基礎研究に取り組んでいるからこその発想、それこそが大学の中心であり、そのうえで社会的使命を意識した研究活動が必要なのです。そういう意味で最後に皆さんの夢を聞かせてください。

橋本 私は薬学研究科での自分自身の研究とともに、人材教育という最優先のミッションを持っています。「良い研究者は良い教育者でもある」といわれます。私はそのような教育者を目指しながら、研究マインドを備えた優秀な学生をぜひ育てたい。その学生が将来、社会に貢献し活躍して学問の伝統を築いて行ってほしいと願っています。

 世界中の生命科学の研究室や診療機関で当たり前のように、私たちの開発した装置が使われているというのが夢ですね。

南野 職員や地域の人々が阪大病院を誇りに思えるような治療法を開発し、阪大病院でしかできないような先端医療を行いたいですね。日本だけではなく、アジアや世界の人たちが、阪大病院で治療を受けたいと集まってくるようになることが夢です。

平野 素晴らしい研究の話をうかがうことができ、大阪大学の創薬研究に期待を持つことが出来ました。ありがとうございました。

 

創薬の未来は明るく夢もかなう─平野総長 対話をおえて

 総長としての私の夢は、創立100周年を迎える2031年に、大阪大学が世界のトップテンに入る研究型総合大学になっていることです。今日、3人の先生方の話を聞いて、皆さんの夢が実現した時に私の夢もかなうと確信しました。未来戦略機構の創薬基盤科学研究部門は、まさに大阪大学の伝統と総合力を結集する研究部門。これまでの歴史や現在のアクティビティからも創薬の未来は明るいと思いますが、そのためには、さらに多くの異分野の人たちが一致協力していく必要があります。先生方の力をさらに発展させていただき、世界に誇れるような薬が大阪大学から次々に生まれてくることを楽しみにしています。

 

●橋本 均(はしもと ひとし)

1987年京都大学薬学部薬学科卒業、89年同大学院薬学研究科修士課程修了、
91年同研究科博士後期課程退学。91年大阪大学薬学部助手。98年同大学院薬学研究科講師。01年同研究科助教授。07年同研究科准教授。10年から現職。研究内容は、新規創薬標的分子の探索と機能解析、神経ペプチドPACAPの分子薬理学的研究、新たな方法論による精神疾患の分子病態の解明と創薬など。

●荻 博次(おぎ ひろつぐ)

1991年大阪大学基礎工学部機械工学科卒業、93年同大学院基礎工学研究科物理系専攻修了。98年米国標準技術研究所招聘研究員。2000年大阪大学大学院基礎工学研究科助教授、07年から現職。12年日本学術振興会賞受賞。研究内容は、音響ナノメカニクス、音響バイオセンサー、超音波による社会基盤構造物の非破壊検査など。

●南野哲男(みなみの てつお)

1988年大阪大学医学部卒業、96年同大学院医学系研究科修了。89年大阪府立急性期総合医療センター心臓内科。98年日本学術振興会特別研究員。2004年大阪大学大学院医学系研究科循環器内科学助手。10年大阪大学医学部附属病院循環器内科診療局長(〜12年)。10年から現職。研究内容は、ナノリポソームを用いた急性心筋梗塞/心不全に対する創薬─GMP基準準拠リポソーム製剤、心血管リモデリングにおける蛋白質の修飾・分解と機能制御─小胞体ストレスならびにユビキチン・プロテアソーム系の役割検討など。

●平野俊夫(ひらの としお)

1947年大阪府生まれ。72年大阪大学医学部卒業。73〜76年アメリカNIH留学。80年熊本大学助教授、84年大阪大学助教授。89年同教授。2004年同大学院生命機能研究科長。08年同大学院医学系研究科長・医学部長。11年8月、第17代大阪大学総長に就任。05〜06年日本免疫学会会長。日本学術会議会員、総合科学技術会議議員。医学博士。サンド免疫学賞、大阪科学賞、持田記念学術賞、日本医師会医学賞、藤原賞、クラフォード賞、日本国際賞などを受賞。紫綬褒章受章。

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