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ものづくりに向けた微生物代謝の最適化手法を開発―代謝シミュレーションを用いて遺伝子操作のターゲットを予測する―

2013年11月29日(金)

リリース概要

大阪大学情報科学研究科の清水浩教授と理化学研究所生命システム研究センターの古澤力チームリーダーのグループは、微生物を利用したものづくりに向けた代謝予測の方法を、世界に先駆けて開発しました。この方法によって、微生物に有用化合物を生産させるために必要な遺伝子操作の組み合わせを予測することが可能となります。環境負荷が小さい微生物による有用化合物生産について、その効率を大幅に向上させることが期待できます。

研究の背景

人類は微生物の「ものづくり」を古くから酒や味噌などの発酵食品として利用してきました。20世紀になり、この微生物を利用したものづくりはペニシリンなどの抗生物質の生産に利用されるようになり、さらに近年の分子生物学の発展により、様々な有用化合物を生産させることが遺伝子操作によって可能となっています。微生物を用いたバイオ燃料やプラスチックの原料などの生産が実用化されており、環境負荷の小さい有用化合物生産として注目を集めています。

こうした化合物生産には、微生物の代謝を利用します。代謝とは、生物が外部から取り入れた栄養物質(例えばブドウ糖)を、増殖などに用いる様々な化合物(例えばタンパク質の構成要素となるアミノ酸や細胞膜の構成要素となる脂質)やエネルギーに変換する化学反応のことで、その数は膨大なものとなります。これら代謝反応は、それぞれ対応するタンパク質の触媒活性に依存しています。微生物に有用化合物を生産させるときには、遺伝子操作によってタンパク質の生産量や性質を人工的にコントロールし、目的とする化合物が効率よく生産されるようにします。しかし、細胞内の代謝反応は複雑なネットワークを構成しており、どのような遺伝子操作の組み合わせが目的とする化合物の生産のために有効であるか、予測することは簡単な問題ではありませんでした。清水教授、古澤チームリーダーのグループは、これまでに、代謝の反応の大きさ(代謝フラックス※1)のシミュレーションによる予測、実験による代謝フラックス決定、遺伝子操作による合理的代謝デザイン、など、代謝工学※2について研究を行ってきました。

複雑な代謝システムの振る舞いを予測するためには、計算機によるシミュレーションが有効な手段となります。近年、微生物のゲノム情報を利用した代謝シミュレーション※3技術が開発されています。この代謝シミュレーションを用いることにより、遺伝子操作によって代謝状態がどのように変化するかを高い精度で予測することが可能です。しかし、同時に行う遺伝子操作の数が増えると、探索する組み合わせの数が爆発的に増加してしまい、シミュレーションによる遺伝子操作のターゲット予測が困難になるという問題がありました。特に、化合物の生産のために複数(例えば3種類以上)のタンパク質に関して遺伝子操作を加える必要がある場合には、その予測に大きな困難が伴いました。その問題点を克服するために、このたび研究グループでは、ある遺伝子操作が目的とする化合物の生産に及ぼす影響を、感度解析※4を利用して評価する手法を開発しました。この評価を利用して、破壊する(タンパク質の合成を停止させる)と化合物生産に正の効果を与える遺伝子を選出し、その遺伝子を破壊した後に同様に次の遺伝子破壊の候補を探索するという過程を繰り返すことにより、化合物生産に効果的な遺伝子破壊の組み合わせをシミュレーションによって予測する手法を開発しました。これにより、従来の手法では不可能だった10遺伝子以上の同時破壊ターゲットの予測が可能となりました(図1)。

研究グループでは、大腸菌細胞内の625の化合物の生産に対して、この予測手法を適用しました。その結果、アミノ酸・プラスチック原料・医薬品原料などを含む75%の化合物について、破壊することで化合物生産が期待されるターゲット遺伝子の組み合わせを同定することに成功しました。このことは、様々な有用化合物の生産に対して、本研究で開発した手法が適用可能であることを示しています。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

近年、石油由来の燃料や化学物質を、生物資源より微生物を利用して作り出すことが注目を集めています。バイオ燃料はもちろん、プラスチック原料などの汎用化合物や、精密合成が必要となる医薬品などの生産にも微生物によるものづくりが利用されつつあります。一方で、その生産を実現・最適化するために必要な遺伝子操作については、これまでの知見に基づき勘と経験に頼って行う場合が多く、その過程には多くの時間とコストを必要としました。

今回の研究で開発された手法は、計算機による代謝シミュレーションに基づいて、ものづくりに向けた微生物代謝の合理的なデザインを実現し、最適化された代謝ネットワークを容易に求めることを可能とします。この技術は微生物に限定されることなく、様々な生物種に適応することが可能であり、細胞内に存在する全ての化合物についてその工学的利用を可能とする基礎技術になると考えられます。こうした生物システムの工学利用を発展させることにより、持続可能な社会の実現に近づくことが期待されます。

特記事項

本研究成果は、科学研究費補助金の基盤研究(A)・若手研究(A)による助成の一環として得られました。
本成果は、平成25年11月29日19時(日本時間)に英国科学雑誌「Bioinformatics」のオンライン版で公開される予定です。

論文名および著者名

FastPros: screening of reaction knockout strategies for metabolic engineering
Satoshi Ohno1, Hiroshi Shimizu1, Chikara Furusawa1,2
1Department of Bioinformatic Engineering, Graduate School of Information Science and Technology, Osaka University
2Quantitative Biology Center (QBiC), RIKEN

参考図

図1 有用化合物生産に効果的な遺伝子破壊の組み合せを、代謝シミュレーションを用いて予測する手法
もとの微生物中のある遺伝子を破壊し、それが目的とする化合物の生産に及ぼす影響を、感度解析を利用して評価します。この評価を利用することにより、破壊すると化合物生産に正の効果を与える遺伝子を選出します。その遺伝子を破壊した後に、同様に次の遺伝子破壊の候補を探索するという過程を繰り返します。これにより、化合物生産に効果的な遺伝子破壊の組み合わせを予測します。

用語解説

※1 代謝フラックス
代謝の活性を反応速度(流量)により表現したもの。単位時間当たり単位細胞あたりである化学反応が化合物をどれだけ生成しているかを表す量。

※2 代謝工学
生物の複雑な代謝システムを定量的に解析し、目的化合物を最適に生産する代謝状態を合理的にデザインすることを目指した研究分野。

※3 代謝シミュレーション
ゲノム情報に基づいて、細胞内に存在すると予測される数百から千種類程度の化学反応を取り入れた代謝ネットワークを用いる。代謝状態が時間的に変化しない(定常状態)ことを仮定し、さらに代謝状態が細胞増殖を最大化するように組織化されているなどの仮定を置くことにより、代謝フラックスの予測を行う。

※4 感度解析
計算に用いるパラメータを変化させたときに、どの程度、計算結果が変化するのかを推定する解析手法。

参考URL

大阪大学大学院情報科学研究科 バイオ情報工学専攻 代謝情報工学講座
http://www-shimizu.ist.osaka-u.ac.jp/hp/index.html

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