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光合成の中核をなす「歪んだ椅子」構造の謎をついに解明―触媒活性の要因特定で人工光合成系の実現に重要な一歩―

2013年10月15日(火)

リリース概要

高等植物や藻類の光合成では、太陽エネルギーを利用して水を酸素と水素イオンに分解します(図1)。この反応を行う光合成蛋白質Photosystem II(PSII)※1中に埋め込まれた天然の触媒部位 Mn4CaO5錯体※2は、錯体を構成するマンガン(Mn)と酸素(O)間の結合が数カ所で伸びており、結果として「歪んだ椅子」型構造をとっています(図2)。この歪んだ非対称性こそが水分解触媒活性をもたらすのに重要であることが知られています。この構造解明が進まないことが、効率的な人工光合成系※3の開発を阻害しておりました。

このたび、大阪大学理学研究科の石北央教授と、斉藤圭亮助教の研究グループは、PSII蛋白質分子に対して、今年のノーベル化学賞受賞対象となった量子化学計算手法「QM/MM法」※4を行うことで、これまで、歪みの原因はCaが一つだけ含まれていることによると考えられていた定説を覆し、歪みの直接の原因は「椅子」の「台座」部位に存在するCaではなく、そこから離れた「背もたれ」部位に一つだけ存在するMnであることを明らかにしました。これにより、今後は人工光合成系の開発が大きく加速することが期待されます。

なお、石北央教授は今年のノーベル化学賞受賞者Arieh Warshel教授(南カリフォルニア大)のポスドク研究員として、2008年まで研究していました。

また、本研究成果は2013年10月2日(オランダ時間)にオランダの生化学専門誌「Biochimica et Biophysica Acta」のオンライン版で公開されました。

図1 光合成で水分解・酸素発生反応を行うPSII蛋白質全体像(左)。蛋白質内に埋め込まれた触媒部位Mn4CaO5錯体および周辺の酸化還元活性部位(右)。

研究の背景

太陽光を利用した再生可能エネルギー生産を行う「人工光合成」分子の開発実現のためには、PSII水分解反応機構の解明が求められています。実際に、PSIIのMn4CaO5錯体をヒントに多くのMn錯体分子が合成されました。興味深いことに、全てのMn−O結合距離がそろった対称性構造をもつ錯体分子では水分解活性がほとんどありませんが、いくつかの伸びたMn−O結合を持つ「歪んだ」構造の錯体分子では水分解活性があることが知られています。つまり、伸びたMn−O結合に起因する「歪み」の存在は水分解活性の有無を決める重要な要因と言えます。PSIIの水分解反応ではCaを取り除くと水分解反応は途中で止まってしまうため、Caの存在は重要であることがわかっています。そのこともあり、Caは「歪み」の原因とも考えられていました。

図2 PSII蛋白質中のMn4CaO5錯体の構造(左)はしばしば「歪んだ椅子」構造(右)にたとえられます。

量子化学計算を用いると、原子間の結合距離を正しく求めることができます。蛋白質のような巨大分子をも取り扱える量子化学計算手法「QM/MM法」を用いて、研究グループでは、PSII蛋白質中でCaを外した錯体の構造を計算しましたが、PSII内の伸びたMn−O結合はほとんど変化しませんでした。一方、「歪んだ椅子」の「背もたれ」部位に1個だけ位置するMn(Mn4)を除去すると、伸びていたMn−O結合は、通常の結合距離へ戻りました。このことから、PSIIのMn4CaO5錯体に見られる伸びたMn−O結合、すなわち歪みの原因は、「背もたれ」部位に1個だけ位置するMnであることが初めて実証されました。

図3 金属イオン除去によるMn4CaO5構造の変化(Ca:緑、Mn:紫、O:赤)。Caを除去してもMn1と隣接するOとの結合距離は伸びたままですが(上)、「歪んだ椅子」の「背もたれ」部位に存在するMn4を除去すると一般的な結合の長さに戻り、構造の歪みは解消します(下)。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

水分解を目指す人工光合成系の意義は、生成物の酸素よりもむしろ、同時に生じる水素イオン由来の水素を産み出すことにあります。水素は燃料水素電池に利用でき、必要なときにエネルギーを取り出すことができるからです。水分解活性の鍵「歪み」の原因を特定できたことにより、今後は水素生成を目指した人工光合成系の開発が大きく加速することが期待されます。

用語解説

※1 Photosystem II(PSII)
植物の葉緑体に含まれる膜蛋白質。光のエネルギーを利用して水を分解し、酸素と水素イオンを発生する。

※2 Mn4CaO5錯体
PSIIにおいて水分解反応を触媒する部位。錯体とは複数の分子や原子の集合体のことで、しばしば金属を含み化学反応を触媒する機能を有する。

※3 人工光合成
植物の光合成のように光エネルギーを利用し物質生産を行う技術および触媒のこと。エネルギー・環境問題の解決につながる画期的な技術として期待されている。

※4 QM/MM法
Quantum Mechanics/ Molecular Mechanics法の略。計算精度を持ち合わせた量子力学計算(QM)と計算速度を持ち合わせた分子力学計算(MM)を組み合わせることで、巨大分子を実用的な精度・速度で計算することができる。その開発には2013年ノーベル化学賞受賞者Arieh Warshel教授(南カリフォルニア大)、Michel Levitt教授(スタンフォード大)両名の貢献が大きい。

特記事項・論文掲載情報

Keisuke Saito and Hiroshi Ishikita, Biochim. Biophys. Acta (Bioenergetics) 1827 (2013) in press (doi: 10.1016/j.bbabio.2013.09.013) “Influence of the Ca2+ ion on the Mn4Ca conformation and the H-bond network arrangement in Photosystem II”

論文URL:http://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0005272813001692#

参考URL

大阪大学大学院理学研究科 生物科学専攻 蛋白質生物物理学研究室
http://www.bio.sci.osaka-u.ac.jp/~hiro/

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