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「辛味」認知が大脳島皮質の自律機能を賦活化するメカニズムを発見 ―辛いものを食べると体がホットになる現象には脳も関係していた―

2012年10月17日(水)

リリース概要

大阪大学大学院歯学研究科の姜英男教授らと森永製菓株式会社らの共同研究グループは、ラットの脳のスライス標本において、カプサイシン(唐辛子の辛味成分)投与により、大脳の島皮質※1と呼ばれる領域の前部にある味覚野(味覚の認知をおこなう領野)の電気刺激によって生じた神経活動は、味覚野後部に隣接する自律機能関連領野(内臓機能をコントロールする領野)へと拡がり、島皮質の前部と後部の神経細胞集団の間にシータリズム※2(4~8Hz)で同期化した神経ネットワーク活動が生じることを明らかにしました。こうした神経活動により、カプサイシンを含む食品を摂取した際にみられる発汗や心臓血管系の活性化等の身体反応が引き起こされている可能性が高いことを示しました。

 

研究の背景と内容

大脳の島皮質には、味覚の情報処理に関わる「味覚野」という領域と、血液循環や呼吸、消化などの内臓機能をコントロールする「自律機能関連領野」が前後に隣接して存在します(図1A・B)。しかし、その両者の神経活動が協調するか否かについては問われたことがありませんでした。私達は唐辛子を含む食品を摂取すると、顔に汗をかいたり、唾液が出たり、血行が促進されるなどの身体反応が生じます。これらの反応は、摂取したカプサイシンが胃腸管の粘膜中にある痛覚神経線維※3終末のカプサイシン受容体を活性化し、内臓-内臓間の自律神経反射を引き起こした結果生じるものと考えられてきました。しかし、その厳密な神経経路は不明なままであり、その真偽も明らかではありませんでした。

カプサイシン受容体は、痛みの情報を伝える神経経路に広く認められますが、舌や口腔粘膜、そして島皮質味覚野の神経細胞にも存在することが知られています。また、米国エール大学の研究グループは、ヒト被験者がカプサイシンを摂取すると島皮質味覚野に神経活動が生じることを、機能的脳核磁気共鳴撮像装置(fMRI)を用いた実験により最近明らかにしました。このことは、カプサイシンが口腔内のカプサイシン受容体を活性化し、その信号が味覚野に伝達されて「熱くて辛い」味覚として認知されていることを示しています。

本研究では、ラットの島皮質のスライス標本を作成し、味覚野の神経細胞を刺激し、生じた興奮がどの様に島皮質の中を伝播していくのかを、膜電位感受性色素※4を用いる方法で観察しました(図1C・2A)。スライス標本を(カプサイシンを含まない)通常の溶液に浸した状態では、電気刺激によって生じた神経細胞の活動は味覚野内部に止まり短時間で消失しました。しかし、スライス標本をカプサイシンの溶液に浸し、カプサイシン受容体が働いている条件下で、同様に味覚野へ電気刺激を与えると(図2B)、味覚野に生じた神経活動は後方に隣接する自律機能関連領野へ広がり、シータリズムの周期的神経活動が島皮質の両領域間で同期化することが観察されました(図2C・D)。また、このシータリズムの周期的神経活動は、島皮質の浅い層と深い層にある神経細胞がそれぞれ4Hzおよび8Hzで活動した結果もたらされることも明らかにしました(図2E)。

 

本研究成果が社会に与える影響

カプサイシンを含有する食物を摂取した際に生じる「辛味」という味覚の認知が、自律機能関連領野を活性化し、全身の内臓機能ひいては全身の健康状態に影響を与える可能性を初めて明らかにしました。大脳島皮質における味覚認知領域と内臓機能制御領域間の神経ネットワーク連関が、「医食同源」の概念の新たな基盤となり得ると考えられます。

 

本研究成果の学術的意義

様々な脳機能は、脳の異なる領野間の機能協関の結果生じるものと考えられています。そうした機能協関は「ある周波数の周期的神経活動による神経細胞群間の同期化」によりもたらされることが、細胞外記録法※5(局所フィールド記録法・単一/マルチユニット記録法等)の結果から想定されてきました。本研究は、異なる領野間の神経ネットワークにおいて生じたシータリズム同期化現象の時空間的パターンを、光学的膜電位測定法を用いることで初めて可視化したものであり、高次脳情報処理機構の理解に大いに貢献すると考えられ、その学術的意義は極めて高いといえます。

 

発表論文

本研究の成果は、2012年9月26日発行の北米神経科学学会雑誌 “The Journal of Neuroscience”(32巻39号)で発表されました。

ウェブページ:http://www.jneurosci.org/content/32/39/13470.abstract

Saito M, Toyoda H, Kawakami S, Sato H, Bae YC, Kang Y. Capsaicin induces theta-band synchronization between gustatory and autonomic insular cortices. The Journal of Neuroscience, 32(39): 13470–13487, 2012.

(齋藤 充1,豊田 博紀1,川上 晋平1,2,佐藤 元1,ペ ヨンチュル3,姜 英男1.「カプサイシンによって惹起される島皮質味覚野-自律機能関連領野間のシータリズム同期化現象」 北米神経科学学会雑誌,32巻39号13470~13487頁,2012年. 1大阪大学大学院 歯学研究科 高次脳口腔機能学講座,2森永製菓株式会社 ヘルスケア事業部 栄養機能研究室,3韓国 慶北大学歯学部 口腔解剖神経生物学講座)

 

参考図

図1 ラット脳における島皮質味覚野および自律機能関連領野の位置
A:ラット脳の側面観の模式図。赤線で囲まれた領域が島皮質で、味覚野と自律機能関連領野はそれぞれ黄と青で塗られた領域にあたります。
B:島皮質をほぼ水平に切り出したニッスル染色切片標本。味覚野と自律機能関連領野が前後的(吻尾的)に隣接しています。
C:島皮質スライス標本を特殊な色素(膜電位感受性色素)で染めると、神経電気活動を視覚的に観察することができます。

図2 味覚野の電気刺激によって生じる神経活動の時空間的伝播パターンの観察
A:膜電位感受性色素で染めた島皮質スライス標本の顕微鏡像(画像処理前のもの)。
B・C:カプサイシンを含む溶液中では、味覚野に生じた興奮(B)は自律機能関連領野へと拡がり、島皮質の広い領域が同期して活動します(C)。(※ミリ秒=千分の1秒)
D:味覚野および自律機能関連領野における神経活動の時間経過。味覚野・自律機能関連領野共に約4Hzの波動様活動を示しています。
E:波動のリズムの解析(パワースペクトル分析)。4Hzの成分以外に、8Hzの成分も含まれています。
※こうした現象は、カプサイシン存在下だけではなく、脳内麻薬の一種であるアナンダミドによりカンナビノイド受容体を活性化した場合にも観察されました。島皮質味覚野に生じた神経活動が自律機能関連領野へ広がり、島皮質の両領域がシータリズムの周期的神経活動により同期化する様子を撮影した動画を下記のウェブページに掲載しています。
http://web.dent.osaka-u.ac.jp/~phys/supinfo/insula.html

 

用語解説

※1 島皮質
大脳皮質の領域のひとつ。ヒトでは、脳の側面にある外側溝の奥に位置しているため、外側からはみえませんが、ラットの脳では外側面にあります。島皮質は進化上比較的古い構造であると考えられており、味覚・自律機能(内臓機能の制御)等の、生存に必須な様々な機能を担っています。これらの機能に加え、ヒトや高等霊長類では、情動(感情とそれに伴う身体反応)の発現に関与しています。

※2 シータリズム
ヒトや動物の脳において、神経細胞の電気的活動の結果生じるリズムを、遅い(周波数の低い)ものから順にギリシャ文字を使って「デルタリズム」(δ,<4Hz)、「シータリズム」(θ,4~8Hz)、「アルファリズム」(α,8~13Hz)、「ベータリズム」(β,13~25Hz)、「ガンマリズム」(γ,25~100Hz)と呼んでいます。

※3 痛覚神経線維
末梢に侵害刺激(身体の組織を傷害する,またはその恐れのある刺激)が加えられると、その刺激を侵害受容器が感知して電気信号へと変換します。その電気信号を中枢へと伝える神経の線維のことを痛覚神経線維と呼びます。

※4 膜電位感受性色素
神経細胞は電気的活動(細胞膜内外の電位差の変化)を示します。膜電位感受性色素は神経細胞の細胞膜に取り込まれ、電位の変化に応じて吸光度(特定波長の光の吸収の度合い)が変化する性質をもっています。この色素で染めた神経細胞を撮影した画像を、コンピュータで処理して吸光度の変化を計算することによって、撮影範囲にある神経の電気活動の様子を知ることができます。これを光学的膜電位測定法と呼びます。

※5 細胞外記録法
電極を神経細胞の近傍に設置して、神経細胞の活動によって電極の先端部に生じる微弱な電気的変化を記録する方法。神経細胞の電気的活動の記録法としては他に、先端が非常に細いガラス管電極を神経細胞内部へと刺入する細胞内記録法、先端をある程度太く(直径数ミクロン程度)したガラス電極を神経細胞の膜へと吸着させるパッチクランプ記録法等があります。

 

参考URL

http://web.dent.osaka-u.ac.jp/~phys/

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